研究会資料
第四回研究会 - 石田 肇

琉球列島のヒト過去から現代までを開きます。
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琉球列島のヒト過去から現代まで

琉球大学大学院医学研究科
石田肇
登録者:yoshizawa | 2010/09/13

琉球列島のヒト過去から現代まで - 第四回研究会 - 石田 肇


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日本列島で発見されている化石人類は、沖縄県那覇市山下町で見つかった子どもの骨があり、年代は約3万2千年前で最も古い。


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同じ沖縄県八重瀬町(旧具志頭村)港川で発見された約1万7千年前のほぼ完全な人骨は、東アジアを代表するほどの化石である。頭蓋が大きく、体が小さいので、「頭でっかち尻つぼみ」である。眉間と眉弓が一緒になり、正中が膨らんでいる。後頭隆起が発達し、そのまま外側にのび、大きな乳様突起に続いている。顔面は幅広く、低い。側頭窩は大きく頬骨弓が外側に張り出しているので、そこに入る側頭筋の容量はたいへん大きいことがわかる。身長は153㎝から156㎝と推定されている。


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縄文時代は、1万年以上も前から始まる鈴木尚は、「縄文時代人は、新人の特徴をそのまま受けついできた最初の人びとと見なすことができる」と述べている。特に眉間の発達、鼻根の強い凹み、低く幅広い顔面や眼窩、眼窩上縁の水平さ、大腿骨上部の扁平性、大腿骨中央の柱状性および脛骨骨体の扁平性である。頭蓋の形態は港川人骨に類似するが、港川の四肢骨は縄文時代人骨やヨーロッパの後期旧石器時代人骨とはかなり違った形をしている。ただ、山下町洞窟の小児人骨には、大腿骨骨体中央の柱状性傾向が見られるという。沖縄の縄文時代人骨は、相対的に横幅の広い丸顔で、低身長であり、コンパクトな縄文時代人である。これはその後の弥生時代相当期でも同じ特徴を持つという。宮古・八重山地方での発見はないというか、縄文文化圏の外である。弥生時代は、日本列島で地域性がはっきりと現れた時代と言ってよい。南九州離島の弥生時代人骨群の形態特徴として、脳頭蓋が低く、著しい短頭を示し、上顔高等が小さく低顔である。鼻根部は立体的である。しかし、柱状形成は弱く、脛骨の扁平性もない。成人男性の平均身長が約154㎝と、低身長でもある。土肥直美氏の言葉を借りれば、「とにかく全体のサイズが小さいのである」。


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話は飛ぶが、近世、近代の琉球の人々はどうであろうか。頭蓋の計測値では、頭蓋最大長、最大幅、高さとも本土日本人とあまり違いがない。顔面平坦度は現代日本人に比べはるかに平坦であり、北部九州の弥生時代人骨や古墳時代人骨に匹敵する。その間のグスク時代に大変革があったのだろう。


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2001年から久米島の近世古墓の大調査が行われ、1,000体を越す人骨が収集された。


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まず、久米島の近世墓に由来する人骨121個体の頭蓋形態小変異を調査した。


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沖縄は、本島、奄美、先島、久米島と一つにまとまり、弥生時代人を始めとして、本土日本集団とともに、南中国や東南アジア集団との類似も見られたこれは、遺伝学的研究でも言われているように、先史時代から歴史時代にかけて、本土日本に加えて、南方からの遺伝的影響を受けている可能性を示唆した。


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男女の頭蓋計測値を用いたR-matrix法の分析は、先史時代から現代にわたる日本列島の住民の頭蓋形態の多様性を明らかにした。


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男女の頭蓋計測値を用いたR-matrix法の分析は、先史時代から現代にわたる日本列島の住民の頭蓋形態の多様性を明らかにした。


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同じく101個体を用いて、脊椎の変形性関節症を調査した。


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その結果、男女とも腰椎の関節症の頻度が高く、とくに椎体前縁部に関節症を多く認め、前かがみになるような農作業などの習慣的労働があったことを示唆した。


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また、女性では、頚椎に頻度が高く、頭上運搬などの作業も女性の仕事であった可能性があり、民俗学者の指摘と一致した。本州の縄文時代や関東の江戸時代人骨と比較すると、関節症の頻度が低く、重症度も低く、当時の良好な生活環境がうかがえる。


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次に、齲蝕、生前脱落歯、エナメル質減形成、歯石について調査した。


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齲歯率は女性が男性より有意に高かった。全体の齲歯率は18.9%であった。生前脱落歯率も女性が有意に高かった。若年成人と老年成人とに分けて比較した場合、齲歯率、生前脱落歯率ともに若年成人より老年成人に有意に高い。


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エナメル質減形成は3歳半から5歳半にかけて最も多く発生し、頻度は若年成人女性が男性よりも高く、早く死亡した個体では、幼児期にストレスが多かったことを示していると思われる。


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齲歯率、生前脱落歯率が女性に有意に高かったことは、妊娠や更年期など女性特有のホルモンの変化による影響に加え、米田らの安定同位体分析で、女性が炭水化物から、男性は魚類からたんぱく質を摂取する傾向があり、文化的社会的な側面からの男女間の食習慣の違いも反映していると思われる。縄文時代の狩猟採集民から近世の農耕民への変化にもかかわらず齲歯率に有意な差が無いことは、両時代の魚類とC3植物の摂取率が似ていることに関連している可能性がある。


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現代人の調査として、琉球列島住民の歯牙形態を調査している。北は徳之島、沖縄本島(今帰仁、嘉手納)、宮古島、石垣島の5集団である。


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冠の形態では、石垣や宮古は、幾分、北海道アイヌに近いことが分かった。


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Fstを調べると、琉球列島自体の地域的変異は比較的大きいが、それぞれの島々ついて、Relethford and Blangero’s (1990)法を用いた分析では、幾分かの遺伝的浮動が示唆された。


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らに、歯冠近遠心・頬舌径の計測値を調べ、その地域内・地域間の多様性および他のアジア集団との比較検討を行った。


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歯冠サイズで琉球列島集団はアジアの中で中間値を示すとともに、歯冠形態では相対的に近遠心径が頬舌径より大きく、他の集団とは独立したまとまりを作っていた。R-matrix法およびFstにより検討した結果、琉球列島の集団間多様性は低く、集団内多様性は特に離島集団において比較的高い値であった。


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先島諸島住民は母系(mtDNA)においても父系(Y-STR)においても、沖縄本島住民ともっとも高い遺伝的近縁性を示し、地理的に近い台湾先住民とは、低い遺伝的近縁性を示した。YAP+/-とY-STRを組み合わせた解析により、YAP+を縄文マーカーと仮定した場合、先島諸島の男性系統においては、遺伝的多様性の低い縄文系集団に遺伝的多様性の高い集団が、流入した可能性が示された。


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世界のYAP頻度分布


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日本列島各地でみられた縄文時代人骨の「旧石器時代人」的特徴は、弥生時代に入り各地で失われてくる。北部九州・山口の弥生時代人で頭蓋形態小変異の頻度の変化が見られ、顔面が平坦になってくる。一方、上顔高や身長の増大は、北部九州から畿内にかけての限定的な変化であった。その後、咀嚼器官の退化に伴うと思われる長頭化と短頭化が見られ、現代に至る。北海道では、オホーツク文化の進入はあるが、縄文時代から近現代に至るまで、形態にかなりの安定さが見られる。また、琉球では、先史時代人骨にみられた縄文時代人的特徴が、近世になるとほとんど失われる。これらの形態変化はアジア地域に普遍的にみられる現代化、さらに大陸から日本列島への遺伝的影響を考えることで説明されるであろう。



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