研究会資料
第一回研究会 - 徳永 勝士

ヒトゲノム全域の多様性 解析の現状と展望を開きます。
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ヒトゲノム全域の多様性 解析の現状と展望

東京大学医学系研究科
人類遺伝学分野
徳永勝士
登録者:marukawa | 2010/05/24

ヒトゲノム全域の多様性 解析の現状と展望 - 第一回研究会 - 徳永 勝士

1 近年、ヒトゲノム全域に分布する数万種から数十万種の多型を多数の試料について解析する技術が実用化され、従来の遺伝学的解析に比較して圧倒的な情報量が得られるようになりました。その結果、ヒトのさまざまな特徴に関わる遺伝子が解明され、また人類集団の近縁性や形成過程が従来にない精密さで推定できるようになってきました。今回の私の話はオセアニアに焦点を絞ったものではありませんが、ヒトゲノム研究の新たな潮流が従来にない画期的な成果を生み出し始めた現状と将来展望を示したいと思います。

2 人類集団間の近縁性を解析するためのおもな多型標識は、細胞核の中にあるゲノムの多型標識と細胞核の外にあるゲノムの多型標識に分けられ、前者はさらに常染色体上のものと性染色体上のものに大別されます。核外の小さなゲノムであるミトコンドリアDNAの多型は女性系譜を探るのに有用であり、一方核内のY染色体上の多型は男性系譜を探るのに有用です。ゲノムのほとんどを占める核内常染色体上には膨大な数の多型があり、近年とくにゲノム全域に分布するSNP(単一塩基多型)を大規模に解析する技術が実用化され、大いに注目されています。

3 前のスライドに示したHLA遺伝子群は、核内常染色体にあって、機能する遺伝子群として最高度の多型性を示すことから、集団の近縁性の推定にも利用できます。この図では、本土日本人が東北アジアの諸集団から少し離れて位置し、沖縄集団、アイヌ民族はさらに少しずつ離れています。なお、この図では第1次元と第2次元が表示されていますが、第3次元を見ると、アフリカ系諸集団が他の集団から大きく離れています。

6 私達がゲノム全域の多型解析によって病気の遺伝子を特定した例を紹介します。ナルコレプシーは代表的な過眠症です。HLAと呼ばれる遺伝子群が強く関わっていることが既にわかっていますが、それ以外にも遺伝要因があると考えられます。

7 私達は50万種類のSNPを用いたゲノムワイド関連解析を行い(患者約400名、健常者約600名の試料)、既に知られているHLA以外にCPT1B/CHKB遺伝子領域がナルコレプシー感受性(かかりやすさ)に関わることを見出しました。さらに、共同研究先のスタンフォード大学グループが中心となって同様な研究を行った結果、TCRAという遺伝子もナルコレプシー感受性に関わることを見出しています。このほか、糖尿病をはじめ身近な疾患に関わる遺伝子が次々に発見されているのが現状です。

8 一方、人類集団試料のゲノム全域SNP解析も始まっています。その一つがPan-Asian SNP Consortium によるアジア系諸集団についての大規模多型解析です。アジア10カ国から90人以上の研究者が参加して、5万種以上のSNPを73民族・集団の試料について解析した空前の規模の成果が発表されました。

9 おもな成果が4つあります。(1)遺伝学的近縁関係は、民族学・言語学的関係および地理学的関係とよく対応していました。(2)東北アジア集団から東南アジア集団に向けてゲノムの多様性が増大する傾向が見られました。(3)アフリカから出た先史時代のアジア系集団の先祖は、主としてまず東南アジアに到達し、そこから東アジア、北アジア、オセアニアへの移住、拡散したと考えられます。(4)この研究で得られた情報は、各種の病気のかかりやすさや、くすりに対する反応性の個人差に関わる遺伝子の探索研究にも有用な基盤情報になります。

10 通常の特徴に関わる遺伝子も次々にわかるようになってきました。耳あか型は、明治時代に解剖学者足立文太郎(京都大学の初代解剖学教授)が発見した特徴です。ウェット型、ドライ型の違いはABCC11という遺伝子のたった1個のSNPが決めることを、新川詔夫(当時、長崎大)らが中心で私達も参加した日本のグループが見出しました。

11 毛髪の太さに関わる遺伝子も見つかりました。アジア系集団は一般に毛髪が太くストレートであることが知られていますが、私達の教室の大学院博士課程の藤本明洋(現在、理研ゲノム医科学研究センター)、ポスドクの木村亮介(現在、琉球大学)、助教の大橋順(現在、筑波大学)らが、ゲノム全域の多型データベースとタイでの野外調査を活用して毛髪の太さに関わる遺伝子EDARを見出しました。この他にも、身長、眼の色などさまざまな特徴に関わる遺伝子の発見が報告されている状況です。

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